保険の必要性について

「責任」とは

「責任」とはいったい何なのでしょうか。これは、人間として、社会人として、あるいはプロフェッショナルとして、当然なすべきこと、あるいは、なすべきことを引き受けることです。私たち組合員は、ダイビング事業者として社会的に活動します。それは、お客様に器材を販売したり、講習をしたり、ガイドを行なったりということです。そして、それに対しても、つねに責任が伴います。

まず、第一の意味での「責任」は、このお客様に対してきちんとしたサービスを提供し、あるいはきちんとした安全な器材を販売するということを果たすということです。つまり、「行なう」ことに対しての責任です。

しかし、不幸にして、この第一の責任を完全に果たすことができない場合があります。人はけっして完全ではありませんから。失敗することも起こるでしょう。そして、失敗によって他人に損害を与えたときには「償い」をしなければなりません。これは、「行なった」ことに対して「責任をとる」ということになります。これが、第二の意味での責任です。この償いをするという責任のことを、第一の責任と区別して、「損害賠償責任」と呼ぶことにしましょう。

よく考えれば分かるように、第一の責任と第二の責任とは、別々の二つのものではありません。いってみれば、切り離すことのできない「表裏一体」のものだということは明らかです。これを完全に果たすことが、人間として、社会人として、あるいはプロフェッショナルとして求められていることなのです。

この第二の責任、「損害賠償責任」は金銭に換算して負担することが法律によって定められています。基本的には「お金」によって解決することになるのです。
故意に、たとえば殺人・傷害事件を犯した場合でも、犯人の被害者に対する損害賠償責任は生まれます。しかし、このような場合は、保険でその賠償金をまかなうことはできません。賠償責任保険で保険金の支払いの対象になるのは、保険の適用を受ける人(この人のことを「被保険者」といいます。)が、誤って他人の身体や財物に損害を与えた場合に、その損害を賠償する場合に限られます。

これとは別に、「刑事責任」というものもあります。いわゆる「傷害罪」、あるいは「業務上過失致死」といった言葉を聞きますが、刑罰によって罰せられる責任です。
「損害賠償責任」は、被害者に対しての償いですから、「民事責任」ということができます。一方、「刑事責任」は、「社会」に対しての償いであるということができると思います。最近、刑罰、つまり刑事裁判の結果が、被害者感情と著しく食い違っているということが話題となっています。あるいは、被害者のまったく知らないところで勝手に刑事裁判が行なわれているといった苦情も耳にします。しかし、刑事裁判は「社会」のためにやるもので、「被害者」のためにやるものではありませんから、このようなことを問題にする方がおかしいとも言えるのです。

「人を傷つけたら罰せられる」というのは、社会秩序を守るための機能であって、傷つけられた人の復讐をするためのものではありません。「死刑」判決を墓前に報告するというのは、感覚的には理解できますが、殺された人のために犯人を死刑にするわけではないのです。

あまり関係のないことだと思うかもしれませんが、実はこのことは最近ダイビング事業者にも関係してきています。ダイビング事故の被災者がダイビング事業者を刑事告発する事例も生じているからです。それを受けて、警察等もこれまで以上にダイビング事故を「事件」として捜査するケースが増えているようです。私たちダイビング事業者全員が、法律とは何か、何のためにあるのかということを、もう一度真剣に考える必要があると思われます。

「保険」は誰のために

「情けは人のためならず」という言葉を、小さい頃に、人(他人)に情けを掛けたら、その人が甘えてしまって結局その人のためにならないんだという風に理解していたことがあります。何となく意味が通じるので、納得していたのですが、実は違ったのですね。情けを人(他人)に掛けるということは、まわりまわって自分に戻ってくる。自分のために人に情けを掛けるのだという、とんでもない利己的な、自分中心的な話だったのですね。正直言って、はじめて正しい意味を知ったときは何かがっかりした記憶があります。ですから、「保険は人のためならず」なんていうと、ちょっと一種の罪悪感にも似た感情を覚えます。しかし、これは利己的な話ではけっしてありません。

ダイビング事故における損害賠償の金額は、人身事故(死亡や後遺障害といったものです)の場合数千万円から、場合によっては1億円以上になることもあります。人の命が、あるいは人生・生活・幸福といったものが、そのような値段で評価されるということについては、必ずしも納得できないこともあります。しかし、現在の日本ではとりあえずそういうことなのです。

ダイビングに関係して実際に1億円以上の賠償を命ずる判決がこれまでにいくつか出ています。そのことは、多くのダイビング事業者も知っていることですし、一般のダイバーも知っていることです。また、これからダイビングを始める人も知っているかもしれません。とにかく、その人身事故によって被災者が受けた損害が、その程度のものだと社会的に、あるいは司法的に認定されるということです。

きちんとした安全管理をしていれば、100%の原因、つまり責任がダイビング事業者側にあるということは、ほとんどありません。しかし、仮に損害額が全体で1億円として、半分・50%の責任が事業者側にあると認められれば、賠償額は5千万円ということになります。仮に、ほとんど事業者に責任はない、1割程度だと言われても1千万円は負担しなければならないことになります。
直接ダイビングのガイドや講習を行なっていて、事業者側にまったく責任がないということは考えられません。特に、初心者に対する講習については、講習生の安全はインストラクターが確保することが原則とも考えられます。その意味ではかなり大きな責任を負担しなければならない場合も出てきます。

たとえ、刑事責任はなかったとしても、民事裁判では賠償責任が認められる場合もあります。これは、もしも事業者側に過失がなかったとするならば、賠償責任を負うのは不合理ではないかとも思うのですが、とにかく刑事事件として不起訴になったり、起訴されて無罪になったとしても、それとは別に民事訴訟を起こすのは自由ですから、その結果心情的に被災者に有利な判決が出てきたとしても仕方ありません。

では、どうして保険に入っておかなければならないのか。誰のために加入するのかということを考えておきましょう。

被災者のため

「被害者」というと、対するものとして「加害者」を意識しなければなりません。しかし、実際にはダイビング事業者にも一部の責任があるといった程度の場合も多く、全面的に事業者が加害者と言われるのには、大きな抵抗があります。組合では、事故でケガをされた方、不幸にして亡くなられた方を、事業者の重大な責任が明確になるまでは「被災者」と呼んでいます。これが心情を害するという考えもありますが、安易に組合員事業者を加害者とすることはできません。
とにかく、被災者は傷害事故によって損害を受けたことは事実です。それが、生命であったり、就労能力であったり、将来の不自由な生活を強いられることであったり、といろいろな意味で損害を受けたと考えられます。不幸にして亡くなられた場合には、家族の方の生活が脅かされるということもあります。もしも、ダイビング事業者に、その賠償責任があるならば、それは完全に果たさなければなりません。

これは、人間として、社会人として、あるいはプロフェッショナルとして当然のことです。

家族・従業員のため

しかし、賠償責任を果たすために、つまり賠償金を支払うために、事業や家計に破滅的な負担が強いられるようでは、不幸が不幸を呼ぶ結果になります。超資産家なら別ですが、何千万円、場合によっては1億円以上の賠償金を簡単に支払える人はそういないはずです。賠償金を払えなければ、被災者にさらに迷惑・苦痛を与えることになるでしょう。そして、賠償金を支払えば、今度は自分の家族や従業員に苦労をかけるということになり、これは、どうしても避けたいところです。

自分自身のため

ちょっとこれは誤解を受けるかもしれませんが、実は、損害賠償と刑事裁判とはまったく無関係ではないことを知っておいていただきたいと思います。

被害者感情に刑事裁判の結果が左右されることはおかしいと考えられますが、もちろん心情的には理解できる面もあり、人間社会は理屈だけで動いているのではないことも事実です。仮に、損害賠償金が速やかに支払われており、あるいは示談金が支払われており民事的には解決が図られているといった場合には、刑事裁判の結果も刑が軽くなることはあっても重くなることは考えられません。

速やかな賠償金の支払いが誠意ある対応と認められる場合もあるでしょうし、被災者側が積極的に刑事告発を行なうといったことも、そういった対応の中ではあまり考えられないことです。近年、ダイビング事故に関しても、被災者側の刑事告発が行なわれるケースが出てきています。こういった傾向が強まれば、これまで以上にダイビング事故について刑事責任が問われる可能性が高くなると考えなければなりません。

ダイビング業界のため

別にダイビング業界のためにダイビングショップをやっているわけではありませんから、業界のためを考える必要はないかもしれません。しかし、ダイビング業界の中でダイビングショップをやっていることは事実です。業界が低い評価、あるいは悪い評価を受ければ、組合員事業者の評価も低くなる、悪くなってしまうことは避けられません。

ダイビング業界はおおむね保険が完備されていて、少なくとも個々の事業者も責任は果たすことができる。そういった最低限の社会的評価は確保したいものです。だから安心してダイビングができるということには、ならないと思いますが、少なくとも社会的な信頼を高めることになるはずです。

考えてもらいたいことは、賠償責任保険は最低限のダイビング業界としてのインフラであって、それを他の事業者との差別化の道具に使うべきではありません。本来のサービスの質や安全性の高さ等によって高いレベルでの競争をしていただきたいと思います。